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『ふりだしの恋愛人生』

10年連れ添った彼にフラれた26女のあれこれ

思い出の場所がこわい

どうも、はいりです。

 

 

今日はバイトもなく暇だったので、面倒で後回しにしていた入社書類にようやく目を通しました。

 

 

 私の悪い癖で、必要最低限の残り時間になるまで面倒なことには手を付けない。タイミングを見誤り、痛い目にあうこともしばしばある。

先週には会社から入社書類の入った封筒が届いていたが、例の如く玄関の下足箱の上にそのままにしておいた。

 

開けてみたらまぁ、やらなければいけないことが予想以上に多くて、自分のだらしない性格を呪った。

必要事項をリストアップし、とりあえず今やるべきは物件探しであるという結論に至った。

 新しい部屋が決まらなければ住民票を移せないし、書類の住所欄がいつまでも空欄のままになってしまう。

 

 そんなわけでPCで不動産情報を延々と見比べていたわけだが、ある物件の紹介ページで手が止まった。

そこには見覚えのある外観写真がうつっていた。ユウの住むマンションだった。ご丁寧に周辺環境の写真まで何枚も載っていて、恐ろしくなってすぐさまページを閉じた。

 

 一緒に暮らした家。2人で何度も通った道に、夜中によく買い出しに行ったコンビニ。そこにうつっているのは楽しい思い出の場所のはずなのに、心は悲鳴をあげていた。

 

 

 

こういう失恋相手との記憶が染み付いた場所に対して、いつしか何も思わなくなる日は来るのだろうか。

 

10年という交際期間。思い出の場所は、まるで地雷のようにそこかしこに息を潜めている。誤って踏んでしまえば、爆風による感情の嵐、涙の大雨が吹き荒れることになる。

 

 

別れて以来、私はいまだ彼の住む街に足を踏み入れていない。私と彼の暮らす街はほとんど隣同士なのだが、まるで結界でも張られているかのように、彼の街には一定の距離以上近くことができない。

 

こういう類のものを克服するためには、その場所に訪れ、記憶を上から塗り替えていくほか方法はないのだろうか。

だとしたら彼の暮らす街に訪れない限り、ずっとその地は私にとって恐ろしい場所のままなのか。

 

 

 

 

場所の記憶といえば、一箇所だけ克服に成功した思い出の地がある。

スカイツリーである。

 

 大学2年生の冬、ユウと2人でスカイツリーソラマチに訪れたことがある。浅草で暇を持て余した私達2人は、その場の流れでスカイツリーまで歩いて行ってみようという話になった。

 しかしせっかくたどり着いても、結局スカイツリーには登らなかった。スカイツリーの入場券は学生の私達にとって高価すぎたからだ。そのかわりゴディバホットチョコレートを1杯買い、2人でソラマチのデッキから街を眺めていた。

 

とくに印象的なエピソードではないが、2人の楽しい思い出のひとつには変わりない。

そんな思い出の地に、私は別れの5日後に再び足を踏み入れることになる。

 

 

ユウに別れを切り出された週、私は悲しみのどん底で何をする気にもなれなかった。とにかく誰かに話を聞いてもらい、共感してほしい気持ちでいっぱいだった。そこで高校時代からの親友Iに連絡を取ってみることにした。

Iはすでに社会人としてバリバリ働いていたため、すぐに返信をよこすことは全く期待していなかった。しかし予想に反して、Iはすぐに返事を返してきた。

偶然にも、その日は休日で浅草にいたらしく、今から会おうという内容だった。

Iは神奈川の奥地のとある病院に勤務しており、しかも仕事が多忙であるため、東京に暮らす私とは数ヶ月単位でしか会うことが出来なかった。そんな彼女が浅草というベタな観光地にいるものだから、誰か連れでもいるのだろうと想像し、私は遠慮した。さすがに見ず知らずの初対面の人にまで、自分の失恋話を聞かせるのは気が引けた。

 

だがその日Iには連れは居なく、ただたまたま浅草にいるのだと言った。なぜ彼女がそんなところにひとりで、しかもなんの目的もなく訪れていたのかは割愛するが、とにかく私達は1時間後会うことになった。

 

その日の東京は、11月には珍しく大雪であった。

久々にマンションの外に出ると、見慣れた風景が真っ白になっていて、少しだけそわそわした。数日間、部屋の中で塞ぎ込んで半分死んだようだった私は、雪の日の冷たく湿った空気によって久しぶりに身体の感覚が刺激されるのを感じた。ああ、生きている、と思った。

 

 浅草にてIと合流し、スカイツリーに行こうということになった。私は内心不安だった。もう何年も前のことなのに、ユウとの記憶が生々しく目の前に現れそうで、怖いと思った。

 

しかし雪の中に佇むスカイツリーは、あの日とは全く別物のように見えた。

ソラマチの中で、私は淡々と自身の体験した別れについて語り、彼女は優しくただ話を聞いてくれた。Iは一度別れた彼と婚約しており、そんな彼女の復縁経験についての話を聞いたりもした。キルフェボンのケーキを食べながらそんなことを語りあっていると、気付いた頃には5時間以上も経っていた。

 

 

 

奇跡的なタイミングでIに会うことができたこと。外が大雪であること。そんな非日常が重なったことで、ユウとの思い出を軽く上回る印象的な1日となった。

 

こうしてスカイツリーは失恋相手との思い出の地ではなく、雪の日になかなか会えないレアな友人と語り合った場所として、上書きに成功した。

 

 

そしてこの日も、結局スカイツリーには登らなかった。