『ふりだしの恋愛人生』

10年連れ添った彼にフラれた26女のあれこれ

ちょっとずつ

こんばんは、はいりです。

 

今日の朝、ユウが夢に出てきた。場所はたぶん私たちが出会った母校で、向こう側から歩いてきたユウとすれ違う夢。すれ違う時に、私は彼をすごく意識してるのに、なぜか見て見ぬ振りをする、といなんだか暗示的な夢でした。

 

 

相変わらず彼からの手紙は届かず、彼にとってわたしは本当にどうでもいい存在なんだろうな、としみじみと感じている。仕事が忙しくて、本当に恋愛どころじゃないということなのか。

手紙が届かないことで、少しもやもやはするけど、それが彼の答えなのだろう、と思うようになってきた。

 

 

新居が決まったり、卒業旅行の計画を立てたり、入社までに楽しみなことが次から次へと流れてくる。いつまでもくよくよしてないで、今の楽しみをいっぱい味わおう。と、前向きな気持ちも持てるようになってきた。

 

まだまだ波はあって、今朝みたいな夢をみると、まだ涙が出てしまうけれど。

ちょっとずつ、ちょっとずつ、元気になっていければ。

 

 

察してを醸すのはやめたい

こんばんは、はいりです。

最近バイトに、物件探しに、入社手続きにと、ぐるぐる走り回っていたので、ぜんぜん文章を書いていませんでした。今日は時間も気持ちも余裕があるので、深夜のマックでゆったり書いてみることにします。

 

 

長年一緒にいると、気付いたら「好き」「愛してる」「ありがとう」が素直に言えなくなっていた。単純に照れくさいのもあるし、相手のことを「当たり前」に大切に思っているから、わざわざ改めて言わなくてもいいか、という考えになる。

わたしが彼とお別れに至ってしまった理由は、以前話した通り「彼の環境の変化」が主な理由である。もちろんそれは正しいことには違いないが、なんというか、もっと根本的な原因があるんじゃないか、とバイトにて延々単純作業をしながらふと思った。

 

その「根本的な原因」を端的にいうと、所謂「コミュニケーション不足」ということになるのだと思う。

別れる前の数年間、わたしは何度彼に「愛してる」と言っただろうか。「愛してる」なんていかにもな言葉じゃなくて、「好き」でもいい。何回彼に伝えただろうか。

思い返してみたけれど、おそらくほとんど0に近い。わたしが彼を愛していたのは当たり前のことだし、そんな当たり前のことを向こうもわかってる、なんて思っていたからわざわざ口に出すことなんてしなかった。わたしは10年という、時間に甘えていたのだ。

これと同じような感覚で、日々のあれこれや、今自分が考えていることも、わたしは彼にわざわざ言わなくなった。言葉で伝えようとはせず、ただ「察して」の雰囲気を演出していた。

察してもらえると、ああこの人は自分のことをよく解っている、と安心する。だがこの「察して」ほど、厄介で面倒なものはないなと思う。「察する」ことは、こちらが伝えようにも上手く伝えきれないニュアンスを相手が拾い上げてくれることであり、それは普段から互いに意思疎通をしているから出来ることなのだ。こちらは何も伝える努力はしないで「察して」だなんて、冷静に考えると何様だと言わざるを得ない。

同時に、私は彼のことを察している風を装い続けた。長すぎる会えない時間、忙しい彼を察しているというのを言い訳に、不安な気持ちをほとんど伝えなかった。彼が何を考えているのか全く理解していないのに、彼を理解し平気なふりをし続けた。こうしてさも聞き分けのよい、懐の深い彼女のように振る舞い、自らのプライドを保ってきたのである。そして、本当は内心がたがたなんだから察してよ、というサインを彼に送り続けていたんだと思う。こうして改めてみると、いかにわたしがメンドくさい女であったかが嫌という程わかる。

この無意識の「察して」に、彼は疲れてしまったのかもしれない。私は彼にとって一緒にいると安らげる存在ではなく、安らぎを与えなければならない相手として見られていたのではないかと思う。

 

声にするでも、手紙でもいい。次に誰かと付き合うことになったなら、もっと自分の気持ちをきちんと相手に伝えようと強く思った。長年つきあうと、どうしても記念日などの行事に無関心になりがちだけど、こういうイベントでいちいち「好き」と伝えていきたいと思う。こんな初歩的なことを改めて宣言するのは少し恥ずかしいが、あえて書かせてもらった。

 

余談だが、最近わたしの知り合いカップルの話を聞いた。

こういう話題にしばしば出てくる内容で、「どっちがより相手に対して無関心か競争」というのがある。一体どういうことかというと、本当は内心互いに興味津々ですごく好きなのに、無関心を装うことで相手を不安にさせ、執着心を煽り合うというものだ。こういう風に、お互いの愛情を天秤にかけるような駆け引きをしているカップルはよく見かける。お願いだから不毛だからやめてほしい。

自分のことを棚に上げた発言であると自覚しているが、こんなことをしている人達の耳元で声を大にして言いたい。相手に「好きだよ、あなたのことが大切、いつもありがとう」と今すぐ言ってほしい。よっぽど屈折した人じゃない限り、自分を必要としている人に対して、その気持ちに応えたくなるものだ。それに自分に対する需要がある場所に居たほうが、大概人は幸せである、と思うからだ。

 

ここまで偉そうにつらつらと書いたが、これらのことは他の誰でもなく、わたし自身に一番主張したい。これからは気をつけよう。

 

お互いの愛をバランスで捉えると、辛いだけ。

そういう恋愛は、もうしたくないなあと思う。

 

 

 

芽が出ない種でもとりあえずまいてみる

どうも、はいりです。

 

今日は、1日バイトでした。

勤務中、社員さんから言われた言葉が印象的だったので、そのことを書こうと思います。

 

 

 

社員のYさんは、相変わらず失恋してから元気がない私にこう言った。

 

大丈夫だよ。彼が本当に運命の人だとしたら、いつかまたちゃんと出会えるから。今まで10年間一途に過ごしてきたんだから、それまでのお休みだと思って恋して遊んだって良いんだよ。

 

 

もし万が一、またユウと一緒になれる運命なのだとしたら、私が他の誰かに恋をすることがその運命をかき消してしまうのではないか。それが怖くて、ユウを忘れることを拒んでいた節があった私にとって、Yさんの言葉はまるで救いの呪文のように感じた。

 

誰を運命の相手とするか、誰とどう生きたいのか、それは未来の私が決めることだ。人の気持ちはどうなるかわからない。数年後には違う誰かを愛しているかもしれない。もしくは他の誰かに恋をしても、結局またユウに出会ったら彼を好きになるのかもしれない。

長い間私のことを愛してくれたユウが、他のものに夢中になっていったように..人の感情とは常に移り変わるもので、未来の感情はその時になってみないとわからない。諸行無常とはまさにこのことである。

 私にとって、Yさんの言葉はシンプルに納得できるものだった。

 

 

だとしたら、今私にできることは、少しでも未来の可能性を広げておくことではないだろうか。例えば、いつか私とユウのどちらかが会いたいと思った時に、ちゃんと声をかけられるような、そんな土台をつくっておくことが最善策であると思った。

じゃあ、具体的に今の私に出来ることとは何か。それはこれから訪れるユウとの別れを、出来るだけ綺麗なものにすることではないかと思う。

 

これって、まるで種蒔きみたいだなぁ、と、バイトからの帰り道にぼんやりと考えた。

ユウから手紙が届いたら、何と書かれていようとしっかりと受け止めて、綺麗に終わりにしようと思う。そうやって綺麗な思い出という種をまいておこう。

この種が、いつか忘れた頃に、何らかのキッカケでぴょんっと芽を出すかもしれない。もちろん芽を出さずに終わる可能性だって十分にあるのだけれど。

 こんな長いスパンで恋愛を考えてみたら、ユウから届く手紙に対する恐怖心がちょっとだけ薄れた。

 

 

 

あと、次もしも気になる人ができたら、素直になってみようと思います。

いまの私は油断するとすぐ復縁というキーワードでググってしまうし、全然未練たらたらで、情緒不安定すぎて新しい恋愛なんてまだ無理だけど、そのうちまた恐がらないで気軽に恋できたらいいな。

 

今日はYさんのおかげで、ちょっとだけ前向きになれた1日でした。

穏やかな気持ちで眠れそうです。

 

思い出の場所がこわい

どうも、はいりです。

 

 

今日はバイトもなく暇だったので、面倒で後回しにしていた入社書類にようやく目を通しました。

 

 

 私の悪い癖で、必要最低限の残り時間になるまで面倒なことには手を付けない。タイミングを見誤り、痛い目にあうこともしばしばある。

先週には会社から入社書類の入った封筒が届いていたが、例の如く玄関の下足箱の上にそのままにしておいた。

 

開けてみたらまぁ、やらなければいけないことが予想以上に多くて、自分のだらしない性格を呪った。

必要事項をリストアップし、とりあえず今やるべきは物件探しであるという結論に至った。

 新しい部屋が決まらなければ住民票を移せないし、書類の住所欄がいつまでも空欄のままになってしまう。

 

 そんなわけでPCで不動産情報を延々と見比べていたわけだが、ある物件の紹介ページで手が止まった。

そこには見覚えのある外観写真がうつっていた。ユウの住むマンションだった。ご丁寧に周辺環境の写真まで何枚も載っていて、恐ろしくなってすぐさまページを閉じた。

 

 一緒に暮らした家。2人で何度も通った道に、夜中によく買い出しに行ったコンビニ。そこにうつっているのは楽しい思い出の場所のはずなのに、心は悲鳴をあげていた。

 

 

 

こういう失恋相手との記憶が染み付いた場所に対して、いつしか何も思わなくなる日は来るのだろうか。

 

10年という交際期間。思い出の場所は、まるで地雷のようにそこかしこに息を潜めている。誤って踏んでしまえば、爆風による感情の嵐、涙の大雨が吹き荒れることになる。

 

 

別れて以来、私はいまだ彼の住む街に足を踏み入れていない。私と彼の暮らす街はほとんど隣同士なのだが、まるで結界でも張られているかのように、彼の街には一定の距離以上近くことができない。

 

こういう類のものを克服するためには、その場所に訪れ、記憶を上から塗り替えていくほか方法はないのだろうか。

だとしたら彼の暮らす街に訪れない限り、ずっとその地は私にとって恐ろしい場所のままなのか。

 

 

 

 

場所の記憶といえば、一箇所だけ克服に成功した思い出の地がある。

スカイツリーである。

 

 大学2年生の冬、ユウと2人でスカイツリーソラマチに訪れたことがある。浅草で暇を持て余した私達2人は、その場の流れでスカイツリーまで歩いて行ってみようという話になった。

 しかしせっかくたどり着いても、結局スカイツリーには登らなかった。スカイツリーの入場券は学生の私達にとって高価すぎたからだ。そのかわりゴディバホットチョコレートを1杯買い、2人でソラマチのデッキから街を眺めていた。

 

とくに印象的なエピソードではないが、2人の楽しい思い出のひとつには変わりない。

そんな思い出の地に、私は別れの5日後に再び足を踏み入れることになる。

 

 

ユウに別れを切り出された週、私は悲しみのどん底で何をする気にもなれなかった。とにかく誰かに話を聞いてもらい、共感してほしい気持ちでいっぱいだった。そこで高校時代からの親友Iに連絡を取ってみることにした。

Iはすでに社会人としてバリバリ働いていたため、すぐに返信をよこすことは全く期待していなかった。しかし予想に反して、Iはすぐに返事を返してきた。

偶然にも、その日は休日で浅草にいたらしく、今から会おうという内容だった。

Iは神奈川の奥地のとある病院に勤務しており、しかも仕事が多忙であるため、東京に暮らす私とは数ヶ月単位でしか会うことが出来なかった。そんな彼女が浅草というベタな観光地にいるものだから、誰か連れでもいるのだろうと想像し、私は遠慮した。さすがに見ず知らずの初対面の人にまで、自分の失恋話を聞かせるのは気が引けた。

 

だがその日Iには連れは居なく、ただたまたま浅草にいるのだと言った。なぜ彼女がそんなところにひとりで、しかもなんの目的もなく訪れていたのかは割愛するが、とにかく私達は1時間後会うことになった。

 

その日の東京は、11月には珍しく大雪であった。

久々にマンションの外に出ると、見慣れた風景が真っ白になっていて、少しだけそわそわした。数日間、部屋の中で塞ぎ込んで半分死んだようだった私は、雪の日の冷たく湿った空気によって久しぶりに身体の感覚が刺激されるのを感じた。ああ、生きている、と思った。

 

 浅草にてIと合流し、スカイツリーに行こうということになった。私は内心不安だった。もう何年も前のことなのに、ユウとの記憶が生々しく目の前に現れそうで、怖いと思った。

 

しかし雪の中に佇むスカイツリーは、あの日とは全く別物のように見えた。

ソラマチの中で、私は淡々と自身の体験した別れについて語り、彼女は優しくただ話を聞いてくれた。Iは一度別れた彼と婚約しており、そんな彼女の復縁経験についての話を聞いたりもした。キルフェボンのケーキを食べながらそんなことを語りあっていると、気付いた頃には5時間以上も経っていた。

 

 

 

奇跡的なタイミングでIに会うことができたこと。外が大雪であること。そんな非日常が重なったことで、ユウとの思い出を軽く上回る印象的な1日となった。

 

こうしてスカイツリーは失恋相手との思い出の地ではなく、雪の日になかなか会えないレアな友人と語り合った場所として、上書きに成功した。

 

 

そしてこの日も、結局スカイツリーには登らなかった。

 

 

 

 

 

 

別れまでのカウントダウン

どうも、はいりです。

 

文章を書くって良いですね。

自分自身のことなのに、なんだかすごく他人事に感じるというか、こうして文におこしてみると、良くあるありふれた失恋話なんですね。

 

自分が実際に体験するまで、「カップルの別れ」というものを理解しているようで全然理解できていなかった。

こういう良くある失恋話も自分の身になってみると大事件で、想像以上に疲れます。周りの人は自分の過去の失恋をさらりと話すけど、あそこまで消化するのにすごく辛かったのでしょうね。

 

 

 

さて、今回は内定が決まり有頂天になっている私が別れを切り出され、今に至るまでの数ヶ月を書きます。

例のごとく乱文ですが、お許しください〜m(._.)m

 

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内定が決まったのは、今から8ヶ月ほど前、昨年の6月初旬。

 

私が自分の就活にいっぱいいっぱいな中で、ユウの生活にある変化が起きていた。ユウが独立を視野に動きはじめていたのだ。

ユウは音楽が大好きで、大学時代もバンドや作曲、DJなんかを趣味として続けていた。そして今回進めている事業もどうやら音楽関係のようだった。

 

ただでさえ本業の方も残業続きで忙しいのに、活動を始めたユウはわたしにかまう時間など無いようだった。

 

就活が始まる前は週に1度は会っていたのに、内定後には月に1度すら会えない生活になった。

 ユウの家にはビジネスパートナー達が集うようになり、彼の家に私の居場所はなかった。

 

 

私はユウの新しい目標を応援しようと心に決めた。

しかし、かつての楽しい日々を経験している私は、そこに執着があった。こうして寂しさは募るばかりだった。

 

今の状況は、果たして付き合っているといるのか。毎日ぐるぐるとひとりで考え続けた。溜め込む性格の私は、普段から言いたいことを飲み込むのが得意だった。しかしそんな私もついに耐えきれなくなり、夏の終わりのある日、ユウに相談を持ちかけたのだった。

 

 

 

「もう少しだけ、私に時間を割けないかな。」

 

 

 

 そこからユウは私と会う時間を少しでも作ろうと努力してくれるようになった。でも、どうしても会えない日々。重なるドタキャン。文句を言うのをぐっとこらえた。

 

正直、辛かった。ドタキャンされてはひとりで泣いていた。そんなこと、ユウには言えなかったけど。

でもきっと、ユウも感じ取っていたと思う。

 

このころにはすでに、もう2人の関係は破綻していたんだと今になって思う。そして11月某日、ついにユウから別れを切り出される。

 

 ・自分の都合ではいりを悲しませたくない

・やりたいことに集中したい

・独立したら金銭面で不安定になるから、恋愛をする余裕がない

 

これらがユウの告げた理由だ。皮肉にも10年前フラれた理由とほとんど同じであった。

結局彼は、夢追い人なのだ。

 

 

私は、別れを受け入れる他なかった。辛くても、私が耐えれば2人はずっと一緒に居られる。そう信じ続けてきたけれど、やはり現実には逆らえないのだった。

 

3日ほど、これまでにないほど泣き続けた。何がいけなかったのか、ずっとずっと繰り返し考えた。人前で泣かない私が、始めて友人の前で泣いた。カフェでガチ泣きする私に、おそらく友人はかなり引いていたことだろう。

 

 

私はフラれてもなお、愛されていると信じたかった。だって別れを切り出す時、あんな風に泣く彼を初めて見た。持っておいてほしいと、お揃いのものを手渡された。そんなことするユウが私を好きじゃないはずがない。それなのに、別れたいなんて言う。

 

彼の態度と言葉とのギャップに、私はとても混乱した。

つい半年前まで以心伝心、一心同体だったのに。気が付いたら、彼が何を考えているのか全然わからなくなっていたのだ。

 

 どうしても別れを受け入れられない私は、ユウに一通のラインを送った。

 

今から2ヶ月間、2人の関係についてもう一度考える時間が欲しい。結論はどうなるかわからないけど、2ヶ月後の私の結論を聞いてから、もう一度考え直してほしい。

 

 

要約すると、こんな感じ。

ユウは私の提案を受け入れてくれた。そんなこんなで2ヶ月間、私はユウとは一切連絡を取らず、学生最後の卒業課題に打ち込むことにした。

 

課題をしながら友達とご飯を食べたり、一緒に夜まで大学で作業したり。最後の学生生活を噛みしめるように味わった。物理的な忙しさと、課題の楽しさで、ユウのことが頭から段々と薄れていった。フラれてから1ヶ月半経った頃、ああもう私は大丈夫だ、と思った。

 

なのに、卒業課題を提出すると、私の頭の中はまたユウでいっぱいになってしまった。

会いたいし、声を聞きたい。話したいことがいっぱい。

 

 

自分の感情が二転三転するので、混乱した。

自分がどうしたいのかわからない..彼の気持ちもわからない。悲しくなって泣き続けた。

 

 

そして約束の2ヶ月が経ち、私はユウに手紙を送ることにした。

 

 

私にとって一番大切なことは、お仕事で夢を叶えること。

そして私が頑張れるのは、他の誰でもなくユウが居てくれるから。

一緒にやりたいことを応援しあえる関係を大切にしたい。夢を叶えるユウを支えたい。

けど、ユウにとって私が必要な存在じゃない限り一緒に居ることはできないから、もしそうなら諦める。また恋して他の人とそういう関係を築いていこと思う。

 

 

だいたいこんな内容を送った。

 

そして今現在、返信待ち。

待てど暮らせど、返事が全然来ない 笑

 

あっれ〜部屋番号間違えたかな?まさかの郵便事故 ?不安になった私は、先日とうとう届いているか確認してみることにした。

 そしたら..これから手紙かくから待ってて、とのこと。

 

 

これは、ノーですよね。

だって、復縁したいならまず会う約束だと思うんです。なのに手紙って..お別れを告げる気満々じゃない..…>_<…

 

 

はぁ..手紙来るの本当に怖い。

読むとまた落ち込むんだろうなぁ..

 

やっと現在の状況まで追いつきました。

これから日記として、ブログを書いていこうと思います。

 

ではまた!

 

 

大学時代

どうも、はいりです。

 

わたしが失恋するまでのお話の続きです。

大学生になった2人について書きます。

 

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高校時代はあっという間に過ぎ、受験期を迎え、2人ともめでたく東京の大学に合格。地方から一緒のタイミングで上京した。

 

大学時代は、お互いの家に行ったり来たり。喧嘩もなく、学生なりに楽しい毎日を過ごした。

 

そして就職活動を経て、あっという間に大学卒業の時期へ。

ユウは某大手金融企業に入社。

私はというと、ある理由から就職活動はしませんでした。大学在学中に新しくやりたいことを見つけ、他の大学へ編入することを決意したからだった。

今までとは違う分野。
すぐに編入試験を受けることは無理だった。そこで大学を卒業してから1年間は、教授の推薦で某専門学校の非常勤講師として働かせてもらいつつ、受験勉強をすることにした。

 

それまで人生の足並みを揃えていた私達が、それぞれの道に歩み始めたのだった。

 

卒業後の1年間は、半同棲生活になった。偶然にもユウの家から私の働く専門学校が近かったためだ。

専門学校のお給与だけでは支出に追いつかず、他にもバイトを2つ掛け持ちし、同時に入試の勉強をしつつ、多忙な日々を送った。

だがその反面、ユウとの暮らしは楽しく、穏やかなものだった。ユウのために料理をつくり、毎日一緒にご飯を食べ、お風呂に入り、寝る。夜には一緒に近所をお散歩したり、夢を語り合ったりなんかした。

そんなあたりまえの日常が私を癒し、奮い立たせてくれたように思います。

ユウが心の支えだった。

 

そして、見事大学に合格。

次の年、私は再び大学生になった。

その時、23歳。いつまでも親のスネかじりでお恥ずかしいです..ちなみに今年の春から新社会人になります。

 

 

編入と同時に大学の近くに引っ越し、私は再び一人暮らしを始めた。

なんと、たまたまユウの家から二駅ほど、歩いて30分弱の場所だった。

同棲すればよかったんだろうけど、学生のうちから同棲なんて親が許すはずもないので、おとなしく一人暮らしを選択した。

 

その時から、ユウの家にはお休みの日に遊びに行く程度になった。

ずっと学びたかった分野の勉強は楽しく、すごく充実した第2の学生生活を送った。

ユウはいつだって、私の夢を応援してくれた。それが私は嬉しかった。もっと頑張ろう、ユウの応援に応えよう、と心から思った。

 

いつしか私の夢は、自分の為であり、同時にユウの為でもあると感じるようになっていったのだった。

 

そして就活の時期を迎えた私。

就活中、ユウは仕事が多忙にも関わらず、私のESを何度も何度も添削してくれていた。第一志望の企業の最終面接前、何度もプレゼンの練習に付き合ってくれた。

 

こうして、私は希望した専門職に無事内定することが出来たのでした。

 

 

ここまでは本当に順調だったと思う。

やっとなりたかった職業に就ける。

そして、将来を約束した大切な人がいる。

 

 

私は自分の人生に対して、揺るぎ無い自信がありました。

 

 

完成されたかに思えた自分の未来が、ここから崩れ去っていくなんて、少しも想像していなかった。

 

出会い・高校時代

どうも、はいりです。

 

まずは私と、彼・ユウのこれまでの10年間を簡単にお話ししようと思います。

(10年間を簡単にって、出来るかしら)

 

 

 

高校1年生の春、私から恋に落ちた。

 

部活の友人と恋愛トークをしている時、私だけがネタが無く..気になる人すらいないの?!と言う友人に対して、特に好きでもないのに、なんとなく頭に浮かんだユウの名前を伝えたのがコトの発端。

今思えばすごく失礼な話なんだけど。

 

 

私とユウはお互いのアドレスを知らず、というか、それ以前にほとんど話したことが無いような仲だった。

 私がユウに気があると思い込み、気を利かせた友人は、その晩ユウのアドレスを私にメールで送ってよこした。

 

しかも、

「もうユウ君には、はいりがメールしたがってるって伝えてあるからー!」

 

 

ええええええー!((((;゚Д゚)))))))

 

 

まさかここまで話が進むとは考えていなかった私は焦った。

まともな恋愛経験が無かった私にとって、それなりに大事件だった。

 

こんなキッカケから、メールをする仲になった私達。

学校では全く話さないくせに、毎晩のようにメールのやりとりをするという奇妙な関係だった。

でもやり取りするうちに、ユウの見た目によらず優しいところや、ロマンチストなところに私はだんだんと惹かれていくのだった。

 

 そしてメールをはじめて約半年後、気持ちをこらえきれなくなった私はついに生まれて初めて愛の告白をする。が、撃沈。

 理由は、「やりたいことに集中したいから」だった。当時、ユウは友人達とバンドを組んでいて、それがよっぽど楽しかったのでしょう。仲間と音楽をすることに夢中だったのだと思う。

 

とても申し訳なさそうに、でもはっきりとそう告げられてしまった私は、

「そっか!わかった、頑張ってね!今日来てくれてありがとう!!」

とカラ元気にそう言うしかなかった。なんだか急に恥ずかしくなってきてしまって、逃げるようにその場を後にしたのを覚えている。

 付き合うまでの話だけでだいぶ尺を取ってしまった。が、この最初のフラれた理由が、偶然なのか運命なのか、今回の私がフラれた理由と一緒なのです..

それはまた別の機会に書きます。

 

 

 

さて、告白が失敗に終わった私。

お家に帰って1人でわんわん泣いた。恥ずかしいやら、悲しいやら。その日は泣き疲れて、眠りに落ちていった。次の朝目を覚ますと、一件のメールが来ていた。

相手は、ユウだった。

 

 はいりの気持ちには答えられないけど、でもせっかくここまで仲良くなれたから、はいりとの関係は終わらせたくない。自分勝手かもしれないけど、よければ友達として今後もメールしたい。

 

 こんな内容だった気がする。内心非常に複雑ではあったが、私はユウとの友情関係を続行することにした。

 

そしてそんなこんなで二ヶ月後、私はユウのバンドのライブに招待され、その日に向こうから告白をうける。

 

はいりに対する自分の感情が、恋愛感情なのかわからなかったけど、はいりが他の誰かと付き合うことを想像したら、すごく悲しい気持ちになった

だから、これは恋なんだって気付いた

と、たしかそんな事を言われた。

 

 

 

そんなわけで、私達はお付き合いをスタートしたのでした。

 

 

つづく

 

 

 

長くなってしまった...やはり10年を短く書くのは難しいです 笑